「本日、『現代人権論研究演習』の発表」

 今日は早大大学院で、『現代人権論研究演習』での発表担当です。
 ぼくは、「法令の先占理論」について発表します。
 「法令の先占理論」とは、国会で議決する法律と、地方議会で議決する条例との先占関係についての理論です。
 これでも、よくお分かりになりにくいかもしれません。
 そういう方も、よかったら、レジュメをごらんください。
 下記にその一部を、掲示します。

『無防備地区条例は平和的生存権を機能させる条例となるか否定されるべきかについての研究』〜「法令の先占理論」を媒介として
1、研究テーマを上記案件に設定した背景
 私は、立教大学経済学部経済学科に在籍した当時、同大学法学部政治学科の新藤宗幸(現・千葉大学法経学部法学科)教授が担当した、「行政学」と「地方自治」の講義を他学部聴講した。
 その際「地方自治」で使用した教科書が、『地方分権』(岩波書店)であった。
同書によって筆者は初めて、「法令の先占理論」を、知ることとなった。

 それによれば、[1]憲法第94条は、広範な条例制定権地方公共団体に付与したものの、[2]地方自治法第14条によって、条例制定においては、極めて厳格な解釈が地方自治法制定当初より採用されてきた、とのことである。
 つまり、法律のみならず[3]委任立法である政令の規定が存在する領域においては、法令上に委任規定がない限り、地方公共団体は条例を制定できないとの解釈である。
 しかも法令の機能領域とは、法令によって明示された領域のみならず、黙示的にも当然機能していると考えられる領域も含むとされたのである。

 こうした理論解釈が、法令の先占理論と呼ばれ、この解釈が公法学の主流であるがゆえに官庁実務を支配し、地方公共団体条例制定権を縛っている現状がある。

[1]第94条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

[2]第14条 1、普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第2条第2項の事務に関し、条例を制定することができる。
2、普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。
3、普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反した者に対し、2年以下の懲役若しくは禁錮、100万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は5万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる。

[3]委任立法 HP「All About」より
政令
政令とは、内閣が制定する法令のこと。ただし、国会単独立法の原則を踏まえ、国会が制定した法律の委任があるか、法律執行のために必要とされるときのみ制定することができる。法律からの委任があれば罰則を設けることも可能となる。国民に義務を課したり、権利を制約する場合も法律の委任が必要である。
 本来ならば法律で詳細まで決定し、政令でそれを補助するのが筋だが、しばしば法律では大枠しか決定されず、その執行内容の多くを政令に委任されることが多く、これらを内閣(行政府)による「委任立法」とよぶ。委任立法が多くなることは議会制民主主義にとって大きな問題であることはいうまでもない。

2、法令の先占理論の沿革
 1963年の統一地方選挙以降、横浜、京都、大阪、北九州の政令指定都市において、「中央に直結した地方自治」ではなく、「住民に直結した地方自治」を掲げる一群の首長が登場してくる。
 彼らは社会党共産党など当時の革新政党の推薦や支持を受けて当選し、自らも「革新首長」と称した。
 また、1962年から始まった全国総合開発計画全総)にあわせて、新産業都市建設促進法が制定されたことにより、新たなコンビナート建設の一方、東京湾、伊勢湾、大阪湾岸の古くからの工業地帯も、内容と規模を一変させていく。
 その結果、国民所得の向上はもたらされたものの、同時に、この急速な経済成長は、全国各地に深刻な公害・環境問題を生み出した。
 経済成長を優先させるあまり、工場の廃液や排気ガスにたいする備えは、きわめて不十分であったために、四日市喘息、水俣病など少なくない公害を惹起させた。
 このとき、上記の革新首長を戴く自治体は、自治体の自治立法権の確立に端緒を開き、1969年には、美濃部亮吉を知事とする東京都では、画期的な公害防止条例を制定した。
 これは、中央政府の公害関係法令の定める規制基準と対象では、深刻化の一途を辿る公害の防止に有効性をもちえないとの認識のもとに、より厳しい規制基準を「上乗せ」するとともに、規制対象を拡張(「横出し」)したものである。
 「上乗せ・横出し条例」ともいわれるこの条例は、「法令の先占理論」が、実務と学界において主流を占めるなかでの自治体による壮大なる実験であった。

 東京都公害防止条例には、当然のことのように、「法令と条例の抵触」批判が生じたが、現実の問題として公害の悪化に苦悩する自治体は、法令を遵守することによって生じる住民被害を回避するために、東京都と同様の条例を各地で制定していく方途を選択した。
 こうして、官治的な法令の先占理論は、自治体の現場からの批判によって、大きく後退することを余儀なくされた。
 中央政府もまた、1970年12月の臨時国会(「公害国会」)において、公害対策基本法から「経済との調和」条項を削除するとともに、大気汚染防止法水質汚濁防止法を改正し、規制基準の強化や規制対象の拡大などの「後追い」をはかったのである。

3、平和環境において21世紀の日本が置かれた新たな状況
 20世紀において頻発した国家間の戦争と同種の戦争に、現今の日本が巻き込まれる事態を俄に想定することは困難ではあるが、その可能性を絶無と看做し、安閑裡に日常生活を営むこともまた、甚だ残念ではあるものの、不可能である。
 21世紀劈頭の2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロがその証左となる一例であるが、国家とは別種の組織による日本への襲撃は、ある程度の蓋然性をもって予想される。
 換言すれば、21世紀に入り、日本の市民に、他国市民による攻撃が及ぶことは、むしろ可能性としては増大されたと認識するほうが、実情により相応しいのである。
 まして、「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(通称「武力攻撃事態対処法」)、「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」(通称:「周辺事態法」)が施行されている現状においては、市民が戦争に巻き込まれる事態を想定していた方が、より現実的な対応といえる。

 これに対応し、国際人道法のジュネーブ条約に基づき、戦争協力を拒む「無防備地区」を宣言し、市内に戦闘員や移動可能な兵器が存在しないように努める、「平和都市条例」を制定しようという動きがある。

 それは、この条例こそが、人権の究極である生命の維持、存続に資する、との概念に基づくからである。
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