「『資本論』は人間論」

 毀誉褒貶のある学者ですが、川勝平太国際日本文化研究センター)教授が、「経」(ダイヤモンド社)に連載している『流域の文明史』には、たまに面白いことが記されています。

 たとえば、その第4回では『唯物史観に「物」はない』というタイトルでしたが、示唆を受けました。

 そこで展開されている論理は、マルクスは「『唯物』史観」を提起しながら、「物」についてはひと言も語っておらず、唯物史観は徹底して人間について歴史観である、というものです。

 なるほど、たしかにおっしゃるとおりです。
 そもそも、マルクスがいうところの経済的構造=土台が、上部構造である、法的かつ政治的な構造を規定すると、マルクスはいいますが、この経済的構造が、資本社会における賃労働関係なのですから、まさしく、人間関係そのものです。

 そして、この人間中心の世界観はマルクスだけのものではなく、西洋社会においては、人間は自然の上位に君臨するという人間中心主義を母胎としたものであり、それは、旧約聖書にその淵源を辿れる、という論を展開していますが、この部分は、誰もが言っていることで、なんら目新しいことではありません。