車谷長吉『反時代的毒虫の作法』第5章「文士の生き方」(続)

 車谷長吉が、「月刊百科」に連載している『反時代的毒虫の作法』の今月号分は、第5章「文士の生き方」(続)となっており、永井荷風、嘉村磯多、尾崎一雄夏目漱石を扱っています。

 そこから引いたものを、以下に記します。

 “昔は「貧乏」「病気」「思想的挫折」、この三つが文学の素と言われていた。
 併し当節は豊かな時代を迎え、高齢化社会になり、左翼思想もほとんど衰退してしまったので、この三つは用をなさなくなってしまった。
 寧ろ今日において、文学者が考えるべきことは、人間の淋しさ、悲しさ、愚かさということになった。この点でも、夏目漱石は人より一歩先んじていた。漱石は「淋しい」とはどういうことか、ということを中心命題として、くり返し小説を書いた。
 (中略)漱石は、人間はただ生きているだけで淋しいと言うのである。なぜ淋しいか。人は生きながらにして、すでに死人であるからである。それが人間の悲しみである。人は生きながらにしてすでに、いずれ自分が死ぬことを知っている動物である。”

 間然する所がない文章、その見本を見せられている気にさせられました。