「今日は、『政策法務研究』で「社会保障・税の一体改革」」
今日は、一橋大学大学院の授業『政策法務研究』で、「社会保障・税の一体改革」に関する発表をいたします。
そのレジュメは、下記のとおりです。
「政策法務研究」2012/1/19
『社会保障・税の一体改革』 担当:三遊亭らん丈
※当初の打合せでは、小テーマを「医療保険制度改革」としていましたが、時あたかも政府税制調査会が2011年12月30日に「社会保障・税一体改革素案」(案)を提出し、それを2012年1月6日に政府・与党社会保障改革本部が、素案として正式に決定しました。この話題に鑑み、1月12日の授業でご承諾いただいたように、大テーマのみの報告を以て、小テーマである「医療保険制度改革」に踏み込まない内容となることをまずお断わりいたします。
目次
1、なぜ税と社会保障の一体改革なのか
1-1、財源不足を解消する必要
1-2、どうして財源不足となったのか
2、社会保障と経済
2-1、マクロ経済から見た社会保障
2-1-1、社会保障と国民負担率
3、日本の社会保険料の行き詰まり
3-1、負担と受益の対応関係の希薄化
3-2、負担と受益の対応関係の希薄化の主な原因
3-2-1、社会保険料が社会保障制度間の所得移転に用いられている
3-2-2、少子高齢化に伴う年金の収益率の低下
3-2-3、老齢基礎年金、全国健康保険協会(協会けんぽ)、国民健康保険、および後期高齢者医療制度等に政府部門間を移転して公費負担が投じられている
4、平成23年度第30回における内閣府税制調査会「社会保障・税一体改革素案」について
4-1、「社会保障・税一体改革素案」の内容
4-1-1、消費増税などの税制抜本改革素案
5、論点
1、なぜ税と社会保障の一体改革なのか
民主党は、2011年11月30日の厚生労働部門会議において各分野の作業チームの報告を了承し、同年12月16日に、消費税の増税とセットで議論してきた社会保障改革の最終案を取りまとめた。それをうけて内閣府は、同年12月30日の平成23年度第30回税制調査会において、「社会保障・税一体改革素案」(案)をまとめた。これを、政府と与党でつくる社会保障改革本部で素案として決定することとしていたところ、2012年1月6日、野田総理は総理大臣官邸で、政府・与党社会保障改革本部を開催し、当日の会議で「社会保障・税一体改革素案」が、決定した 。
また、野田首相は、2012年の通常国会開催を前に、1月13日に内閣を改造し、あらたに行政改革担当社会保障・税一体改革担当公務員制度改革担当内閣府特命担当大臣として、岡田克也衆議院議員を任命した。
このように、わが国の社会保障は改革の途次にあるが、なぜいま、社会保障は税と一体のもとに抜本的な改革が必要とされているのか。
それは、わが国における社会保障改革を、先進諸外国におけるそれと比較した場合、低率にある日本の消費税の税率を引き上げることにより、財政の均衡を図ろうというごく狭い意味での改革として指摘される場合が少なくない。
しかし、本来、税と社会保障の一体改革は、より広義に、かつ、高い次元で捉えられるべきものである。そのため、税と社会保険料をそれぞれの本来的役割に即して再構築することは、今日の日本では喫緊の課題といえよう。
したがって、当リポートでは、社会保障と税の一体改革をより広義にとらえたうえで、それについて言及したい。
1-1、財源不足を解消する必要
社会保障と税の一体改革が必要とされる主な理由の一つに、社会保障財源の不足を早急に解消しなければならないという、わが国の財政事情がある。
たとえば、2008年度では、社会保障に関する給付費は94.1兆円であり、その財源は、年金保険料、健康保険料、介護保険料をはじめとする社会保険料が充てられているが、それ以外に、国及び地方自治体の一般会計に大きく依存していることが指摘できる。
また、国も地方自治体も、これらの社会保障を担う社会保障関係費のすべてを税で調達しているのではなく、国でいえば特例国債(赤字国債 )を発行することでそれを賄っているのである。
そこで、財政法4条1項 をみると、国債の発行は建設国債に限って発行が認められているにもかかわらず、特例法によって、赤字国債を発行することがすでに常態化している 。
このことに関して、将来世代に負担を先送りして 、当事者である高齢者には、年金、高齢者医療、介護等の給付を行うという極めてモラルの低い財政運営に陥っていると指摘されるところであり、こうした状況は、長く放置してよいものとはいえない。
社会保障関係費を2011年度予算でみれば、国の一般会計の一般歳出(国債費と地方交付税交付金等を除いた歳出)54.1兆円のうち、同費はその53.1%を占め、28.7兆円となっている(4書21頁図表1-1)。そのうち、年金医療介護保険給付費は21.0兆円にも達しており、社会保障給付のうち同費が占める割合は突出している。
それに対して、税収は40.9兆円しかない。その他の財源7.2兆円を捻出しても、なお税収を上回る44.3兆円を公債金による収入に依存している。こうした税収不足を解消するためには、「合計でおよそ50兆円規模の税収増と社会保障関係費削減の組み合わせが、必要となる」 。
1-2、どうして財源不足となったのか
このような深刻な財政状況に陥った理由の一つは、経年にわたる税収の低下と高齢化に伴う必然的な社会保障関係費の増加 、及びそこに生ずる乖離に対して、政府が有効な方策を講じることができなかったことにある。
もう一つの理由は、税制と社会保障に関する議論が結果的に低調で、そのため、法的に決めたこと(国会で決めたこと)が、実行されにくい政治状況に求められる。
たとえば、老齢基礎年金の国庫負担割合の引き上げは、2004年の法改正で、老齢基礎年金の給付財源に占める国庫負担割合が、3分の1から2分の1へ引き上げることが決められたものの、その財源が示されることはなかったことが挙げられる。
その議論を時系列に示すと、次のようになる。
法案成立に至るまでの経緯は次のとおりです 。
平成20年12月24日 ・・・ 持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた「中期プログラム」
平成21年1月30日 ・・・ 国民年金法等の一部を改正する法律等の一部を改正する法律案 閣議決定・国会提出
平成21年4月1日 ・・・ 衆議院厚生労働委員会 趣旨説明
平成21年4月3日 ・・・ 衆議院厚生労働委員会 審議開始
平成21年4月17日 ・・・ 衆議院厚生労働委員会 可決
衆議院本会議 可決
平成21年6月2日 ・・・ 参議院厚生労働委員会 趣旨説明・審議開始
平成21年6月18日 ・・・ 参議院厚生労働委員会 否決
平成21年6月19日 ・・・ 参議院本会議 否決
衆議院本会議 再可決・成立
平成21年6月26日 ・・・ 公布
その後、タイムリミットである2008年度末を過ぎても、税制の抜本改革が行われることはなく、2009年度と2010年度の2年間は、いわゆる埋蔵金の取り崩しで賄われることになった。そして、今年度(2011年度)もそれは変わらない。この埋蔵金は、老齢基礎年金給付に用いられなければ、国債償還に充当されたものであるから、埋蔵金とは赤字国債の発行とほとんど変わることはない。
このように、税と社会保障が一括してその内容の検討をされないことが、今日のきわめてモラルの低い財政状況を招いた一因と考えられる。
2、社会保障と経済
2-1、マクロ経済から見た社会保障
主要国の政府は、社会保障サービスの供給にどれだけ、どのような形で関わっているのだろうか。OECD加盟30カ国を、2005年における公的社会支出の対GDP比が高い順に並べると、1位のスウェーデン(29.4%)から30位の韓国(6.9%)まで、国際的には大きなバラツキがあることがわかる 。
図1「社会支出のグロスとネット」(2書6頁)は、そのうちの主要11カ国のデータを示している。これによると、福祉国家の代名詞である北欧諸国や、フランス、ドイツといったヨーロッパ大陸の国々が上位グループを構成する一方、オランダやイギリスが中位グループ、日本やアメリカは韓国ほど低くはないとしても、下位グループに属していることがわかる。
このことに関して、橘木は、「日本は他の先進国と比較すれば、公共支出のGDPに占める比率は最低水準にあるにもかかわらず、政府・国民ともに公共支出を減少させ、かつ生活保障はほどほどにという政策(すなわち「小さな政府」)を目指している」 と指摘している。
公的社会支出は、老齢年金をはじめとした現金給付と、医療や介護サービスのような現物給付とに分けられる。ほとんどの国では、現金給付が現物給付を上回る 。現金給付のうち、年金給付(老齢年金と遺族年金)とそれ以外を比べると、日本やイタリアはその大部分が高齢世代への年金に向けられている。アメリカ、ドイツ、フランスでも、その傾向は強い。一方、デンマークやオランダでは、勤労世代へも同程度の規模の現金給付が提供されている。現物給付は概ねどの国でも医療サービスが大半を占めるが、北欧諸国では、それ以外の現物給付(たとえば介護や育児サービス等)が医療サービスに匹敵する規模になっている。
しかし、政府が社会保障に関与している程度を測る指標として、公的社会支出が適切とは必ずしもいえない点は注意を要する。それは次のような理由による。
第1に、現金給付は所得税の課税ベースに参入され、その一部が税収として政府に還流する可能性がある。所得税は課されなくても、消費段階で付加価値税や消費税を負担すれば、給付の実質額は減ってしまう。
第2に、政府は、たとえば扶養控除や住宅税額減税など税制上の優遇措置によって所得税を減額し、実質的に現金給付を提供したのと同じ効果をあげることができる。財政学ではこれを、租税支出(tax expenditure)と呼ぶ。
第3に、政府は、最低賃金規制を行ったり企業年金や民間医療保険への加入に優遇措置を講じたりすることによって、予算と関わりなく低所得者への移転や高齢世代への給付の拡充を実施できる。
OECDは近年、これらの点を反映させた純社会支出(net social expenditure)を推計し公表するようになった。図1は公的社会支出と純社会支出をそれぞれ用いて、社会保障の規模を比較している。
これを見ると、まず順位に大きな変動があることがわかる。公的社会支出で比較したときは中位もしくは下位に属していたイギリス、オランダ、アメリカが、純社会支出では上位グループに躍進し、北欧諸国と遜色のない福祉国家の様相を見せる。
変動は順位だけではない。たとえば日本の順位は18位から13位へと上昇するが、それ以上に注目すべきは、純社会支出の対GDP比が17.7%から23.6%へと約6%増大する点である。実際、公的社会支出から純社会支出へ指標を変更すると、最上位は29.4%(スウェーデン)から33.6%(フランス)へと若干上昇する一方、20%を超える国の数が15カ国から20カ国へと増加し、福祉国家の規模に関する国際的なバラツキは全体として縮小する。
2-1-1、社会保障と国民負担率
社会保障の負担だけに議論を集中するとして、それをどのように測るのが適切だろうか。
概して用いられる指標は国民負担率である。図3「国民負担率の(対GDP比)の国際比較」(2書14頁)は2006年におけるOECD主要加盟国の国民負担率(租税負担と社会保障負担の合計を市場価格表示のGDPで割った値)を示している。国民負担率の国際的なバラツキは比較的大きく、北欧諸国が高負担国、日本やアメリカが低負担国の代表といえよう。OECD加盟国全体の平均は、39.5%である。
もちろん、国民負担率に含まれるのは社会保障サービスのための負担だけではない 。反対に、社会保障を含めた公共サービスへの対価という点では、医療サービスや介護サービスの現物給付を受けたときの自己負担分をはじめ、さまざまな政府サービスに対する利用料が国民負担率から除外されている。OECD統計は、給付と必ずしも直結していない負担だけを算定するという立場で、国民負担率を測定している 。
3、日本の社会保険料の行き詰まり
今日、日本の社会保険料には、明らかに行き詰まりがみられ、社会保障財源における税と社会保険料それぞれの役割の再構築が不可欠となっていることも、一体改革が求められる重要な背景である。社会保険料の名を冠して国民から費用徴収するのであれば、社会保険料本来の機能を回復し、それが困難であるならば、税への負担転嫁を探るといったダイナミックな議論展開が不可欠であろう。
3-1、負担と受益の対応関係の希薄化
社会保険料の行き詰まりをあらわす第1の指標として、負担と受益の対応関係が明確であることによって、社会保険に対する信頼性が担保されるのにもかかわらず、それが希薄化していることが挙げられる。
仮に、対応関係が明確であるならば、国民の負担の受容、及び給付の効率化が期待される。すなわち、社会保険料を支払っても、国民に受益が実感されるのであれば、その負担感は軽減される。したがって、負担は受容されやすい。それとは逆に、負担が受益に見合っていないと国民が判断すれば、それが、給付の効率化に向けた原動力となる。
3-2、負担と受益の対応関係の希薄化の主な原因
3-2-1、社会保険料が社会保障制度間の所得移転に用いられている
健康保険における老人保健拠出金(導入は1983年度。現在は、後期高齢者支援金)、前期高齢者納付金(同2008年度)、年金における基礎年金拠出金(同1986年度)、及び介護保険における介護納付金(同2000年度)等が導入され、社会保険料が社会保障制度間の所得移転に用いられるようになった。
これは、たとえば、次にあげるようなことをさす。A制度に払い込まれた社会保険料が、A制度の加入者の給付のみに用いられるのではなく、拠出金や支援金などの名のもとに、高齢者の加入割合が高い、あるいは、高齢者のみのB制度へ流れ出ていく。これは、社会保険料を用いた本来的には税の領域である所得移転の拡大といえ、社会保険料の負担と受益の対応関係を大きく損ねているといった事態である。
3-2-2、少子高齢化に伴う年金の収益率の低下
負担と受益の対応関係が希薄化した2番目の原因は、少子高齢化に伴う、年金の収益率の低下が挙げられる。
年金は、国民年金の場合、およそ40年間保険料を払い続け(20歳から60歳まで)、高齢者となってから亡くなるまで、その給付を受けるという制度である。
このように長期保険である年金の負担(保険料の払い込み)と受益である年金の給付の対応関係については、払い込んだ保険料(負担)とその元本+利息(給付)が見合っているか否かという点が、特に若者にとっては気になるところであろう。
この点に関して、厚生労働省は、厚生年金加入者の場合、若い世代でも2.3倍の給付負担倍率になると公表しているが(厚生労働省年金局数理課(2010年))、これは過度に装飾された数値 であり、実際には、単身世帯であれば0.5倍、夫婦世帯(妻は専業主婦)であれば0.8倍かそれ以下といったところであろうとの指摘がある 。
このように給付負担倍率が1倍を割り込むのは、日本で進行する少子高齢化のため、高齢者を支える若年層の人口がなかなか増えないことが一因であり他の要因として、公的年金財政が年金制度発足当初は、保険料を負担していない高齢者に年金を給付することから、修正積立方式とも賦課方式ともよばれる、自らの保険料をもとに年金給付がなされない制度を基本に運営されているという財政面からの指摘もある 。
ただし、財務省は、公的年金財政については、次のような見解である。
「公的年金制度に基づく将来の支払義務は、財政資金の調達に伴う債務とは性格が異なります。修正賦課(修正積立)方式の下、過去の保険料の蓄積である積立金が積立てられ、将来にわたる年金給付のために有価証券等により運用されており、国の債務管理の在り方に潜在的に影響を及ぼし得るものと考えられます。」
なお、「賦課方式とは、当該年度に集められた保険料は、将来の給付のために積み立てられるのではなく、そのまま当該年度の高齢者の年金給付に充てられる財政方式である。」
3-2-3、老齢基礎年金、全国健康保険協会(協会けんぽ)、国民健康保険、および後期高齢者医療制度等に政府部門間を移転して公費負担が投じられている
上記の仕組みによって、公費が政府部門間を移転することによって、負担と受益の対応関係はなお一層希薄化してしまう。国の場合、一般歳出の社会保障関係費のうち、年金医療保険給付費21.0兆円(図表1−1)がそれである。
たとえば、中小企業に勤務する被用者が加入する協会けんぽには、6.7兆円の健康保険料のほかに、約1兆円の国庫負担が投じられている(2008年度)。しかし、被保険者にすると、医療サービスという受益にかかる費用を認識するのは、あくまでも健康保険料であり、窓口での負担である。したがって、約1兆円の国庫負担があることによって、協会けんぽの被保険者は、医療サービスという受益の費用を、保険料の軽減というかたちで実際よりも国庫が負担した分を低廉に感じることとなる。これが、財政錯覚であり、これは、医療サービスに対する過剰な需要の原因の一つとされる。
このような国庫負担は、厚生年金保険法、国民健康保険法、高齢者の医療の確保に関する法律等社会保険の各法律で規定されている。
たとえば、厚生年金保険法80条1項では、次のように記されている。「国庫は、毎年度、厚生年金保険の管掌者たる政府が負担する基礎年金拠出金の額の二分の一に相当する額を負担する。」あるいは、健康保険法153条1項では、「国庫は、(中略)千分の百六十四から千分の二百までの範囲内において政令で定める割合を乗じて得た額を補助する。」となっている。
4、平成23年度第30回における内閣府税制調査会「社会保障・税一体改革素案」について
4-1、「社会保障・税一体改革素案」の内容
社会保障・税一体改革素案(平成24 年1月6日政府・与党社会保障改革本部決定)
はじめに
〜 安心で希望と誇りが持てる社会の実現を目指して 〜
(国民の共有財産である日本の社会保障制度)
日本の社会保障制度は、戦後の経済成長にも支えられて急速に整備が進み、1960 年代には、国民皆保険・皆年金といった現行の社会保障制度の基本的枠組みが整い、先進諸国に比べ遜色のない制度となっている。医療分野では、患者が保険証1枚で自由に医療機関を受診できるフリーアクセスを実現し、公的年金は老後生活の柱として定着し、平均寿命が世界最長を実現するなど、我が国の社会保障制度は、世界に誇りうる国民の共有財産として、「支え合う社会」の基盤となっている。