「成長する郊外」と「衰退する郊外」

 昨日から今朝にかけて、関東地方に猛威を振るった台風11号
 26日未明に小田原市は、浸水被害が懸念される880世帯に避難勧告をしたところ、ただの一人の住民も応じなかった、というその小田原に今朝8:44に、ロマンスカーはこね号」で到着した後、東海道新幹線に乗り換えて、新富士駅で下車。
 午前10:40〜12:00まで、講演の仕事をした後、再び、小田原駅に戻り、下車後、駅の近くを散策しました。

 そこで気づいたのは、小田原には仏壇屋さんが目立つ、ということと、伊勢治書店という、さほど大きくはないものの、品=本揃えのしっかりとした、書店がある、ということでした。
 その書店では嬉しいことに、リベラルな本をかなり扱っていました。

 ぼくが最初の学生時代を送った1977〜1981年と、今日の政治思想状況を較べると、明らかにリベラリズムは退潮し、全体が右傾化していることは否めません

 その好い例として、東西冷戦構造が溶解した後、日本社会党が解党し、多くの議員は民主党に移動し、核として活動していた議員が同党を、社会民主党へと看板を架け替えたことが挙げられます。

 明治学院大学国際学部の原武史教授(政治思想史)が『本』(講談社)に連載する、「鉄道ひとつばなし」が、面白い。
 それはらん丈HPに書いた書評を見ていただくhttp://www.ranjo.jp/cgis/randoku/data/1068909698.htmlとして、9月号掲載の『「ホームウェイ71号」に乗る』に小田急線のことが採り上げられていたので、ここにご紹介します。

 “東京の西側に広がる住宅地という点では同じでも、「成長する郊外」と「衰退する郊外」がある。前者の代表が東急資本によって作られた多摩田園都市だとすれば、後者の代表は多摩ニュータウンだろう。”

 その多摩ニュータウンと都心を結ぶ唯一の通勤特急が、小田急の「ホームウェイ」です。 同特急は、京王線の急行に較べて、時間的な優位があるわけではなく、また、特急料金が加算されるのにもかかわらず、満員である、という現状を見て、「ホームウェイ」の利用は「衰退する郊外」に住み続けることを選んだ人々にこそ許された特権、と原武史は評しています。

 たしかに、ぼくは昭和34年に町田に生まれてこのかた、都心に出るときには常に小田急線を利用しているからよく分かるのですが、ロマンスカーの運行本数が、このところ、飛躍的に伸びています。

 以前のロマンスカーは、箱根や江の島に行くときに使う観光用だったのですが、元号が平成へと変わったあたりから、ロマンスカーを通勤用に使う利用客が増えているような気がします。

 このように、通勤にロマンスカーを利用する方がこれほどたくさんいるのですから、政治における保守化も、宣なるかな、との思いがあるのです