高瀬淳一『「不利益分配」社会』―個人と政治の新しい関係(ちくま

 気鋭の政治学者(名古屋外国語大学教授)として活発に、マスコミでも発言している著者による、初めての新書が本書です。

 「不利益分配」とは耳慣れない言葉かもしれませんが、この言葉は、2005年の総選挙後、小泉首相の政治手法を分析した、『武器としての〈言葉政治〉―不利益分配時代の政治手法』(講談社選書メチエ)で、著者によって初めて使われた言葉です。

 そこでは、“言葉という資源を操ることで、増大する負担の受け入れをいかに国民に納得させるかという「不利益分配」こそが日本政治の主要な課題となることが見込まれる”(中西寛京大教授)ことを記しています。

 2006年度末時点の「公債残高」は542兆円。これに地方自治体分を加えた、「国と地方の長期債務残高」は、775兆円程度にまで膨れ上がり、これは、日本のGDPの1.5倍にも達するのです。

 これがどれほど巨額なのかといえば、EUがその共通通貨である「ユーロ」に参加する条件として、「政府債務残高はGDP比60パーセント以内」を掲げているために、日本がヨーロッパに位置し、EUに加盟したとしても、ユーロは使わせてもらえないことを意味するほどなのです。

 こう書くと、いかにも政権与党が無為無策だったのかを証明するようなものですが、実は、公共事業によって景気浮揚を講じる政党を与党に選び続けていたのが、我々有権者だったのです。つまり、利益分配社会によって招来されたものが、この膨大な財政赤字なのです。

 この赤字はこのまま放置できるものではなく、将来世代のためにも、必ず返済しなければいけないのは、当然のことです。
 そこで、小泉首相が身を以て政治の変化の方向を示したのは、著者によれば、以下の通りです。
 1、利益分配の政治から「不利益分配」の政治への移行。
 2、日本の政治文化における「地元尊重」のゆらぎ。
 3、「いまより小さな政府」の実現と「市場重視」の不可避性。
 4、状況打開技術としての「政治力」の復権
 5、支持動員手段としての「劇場政治」の有効性。
 6、政治の「パーソナル化」と、「デファクト首相公選制」の定着。

 たしかに、これほど巨額の赤字が累積してしまえば、今までのような弥縫策では、到底有効な対処とは言えず、上記のような政治の変化は当然のことと思われます。

 その際には、いずれにしろ、国民に痛みを強いることになるのですが、それを可能にさせるのが、政治家の力量である、と著者は言うのです。
 “国家財政を建てなおすために、どのような政治家がどのような政治手法で政治を進めるべきなのか。これが(本書で)真剣に議論されるべきテーマ”なのです。

 ただ、国家財政を建てなおすのに、どんなによい政策であっても、不利益分配をふくむならば、その実行には国民の支持喚起が必要です。
 だから著者は、国民の心を打つシナリオやセリフをちゃんと書けない政治家ではダメだ、といっているのです。

 最後に、著者はこう記します。
“政治はやはり人である。人がちがえば結果も違う。政治家個人の力量が問われる危機の時代、人のちがいは政治にとりわけ顕著に顕れる。この事実を忘れずに、不利益分配時代の政治劇を観ていこうではないか”と。

 こんな観点から、来月(2006年9月)にその任期を終える小泉首相の、後継総裁選びを見ていこうではありませんか。

 他書の読書録は、こちら。「らん読日記」⇒http://www.ranjo.jp/cgis/randoku/index.html